2019年9月11日水曜日
無駄の多い学校の漢字ドリルの宿題は廃止してほしい
TJブリッジでは
主にバンコク日本人学校から帰った子供たちが通ってきています。
インター校の子は数名います。
バンコク日本人学校の子とインターの子を比べてみて
残念に思うことがあります。
それはバンコク日本人学校から出されている
漢字ドリルの宿題です。
これを見ていると
本当に旧式の教育だなと悲しい気持ちになってきます。
これはバンコク日本人学校だけではなく、
日本の学校全般で出されがちの宿題なんですけどね。
漢字ドリルをやる子供たちの表情は、
生気のない子供らしからぬものになっています。
マシーンのようにノートにひたすら同じ漢字を書き続ける姿。
クラスによって差があるようで、
中にはフリガナを全部に書くように指示されているクラスもあるようです。
そんな子たちは、後からフリガナをまとめて書いています。
この作業にいったい何の意味があるのだろうか・・・
TJで学校の宿題をやる時間は長時間ではありませんが、
バンコク日本人学校の子がマシーンのようにノートに字を埋めているとき、
インターの子は読書をしています。
読書をしている子は頭が働いていることが目から伝わってきます。
読書の方が人生にとってはプラスです。
友達とおしゃべりしていた方が社交性が高まる気すらします。
もちろん、知らない漢字をゆっくり書いて、
漢字の構造をしっかり理解して覚えることは大切なことです。
でも、知っている感じを何回も何回も
写経のように書くことが
未来を歩む子どもたちの背中を押す行為とは思えません。
苦痛に耐える力。忍耐力。
理不尽さを理不尽と思わなくする力。
命令に服従する力。
そのような力なら確かに高まりそうです・・・
子供たちが漢字ドリルをやっている様子を
宿題を課した先生たちにビデオ録画して見せてあげたいです。
死んだ魚のような目をして、
「へん」だけを先に書いて、
あとから「つくり」を書いている子もいます。
こんな時間を省略できるならば、
TJでミスした算数の問題を解き直すことができていたはずです。
家で自由にTJの漢字テストに向けた練習ができたはずです。
こんなことは言いたくないのですが、
漢字ドリルを使って、
同じ漢字をひたすらノートに書き続けるという勉強は、
国際性を育む教育とは思えません。
こんなことをしていて勉強って好きになれるでしょうか?
むしろ嫌いになる方に力が働いているのでは?
このような宿題を出す方も
出される方も習慣化してしまっていて思考停止している気がします。
どうあがいても変わらない仕方がないことなんでしょうね・・・
TJでは勉強を好きになってもらえるよう頑張ります!
2019年7月23日火曜日
勉強は生きる力を高める。
勉強は生きる力も鍛えることができます。
算数では自分が習ったことが学年が上がるごとに増えてきます。
もちろん、すべてを暗記することは不可能なので、
その背景にある骨組みを理解しながら
暗記していくことになります。
この算数の成長プロセスは
社会の問題に対しても同じ目線を獲得することにつながります。
個別の社会問題のように見えることに対して
共通性を見つけるという視点です。
さらに大切なことは
この共通性をもったとき、
まるで共通性が無いような問題に対して、
実は共通性があるということに気づく力を伸ばすことです。
算数ではこの力が特に試され、
伸ばすことができます。
計算ドリルのような単純な問題ではなかなか
試される機会は無いのですが、
難しい文章題になると、共通性がうまく隠されているものです。
習っていない!
なんてあきらめる声が聞こえてくることがあります。
ここにこそ、その子に鍛えるべき課題があるのです。
教えてもらっていないような未知なことに出くわすと
立ちすくんで自ら進もうとしない態度こそ
課題として乗り越えていかなければいけない自分なのです。
それを算数の時間に意識して指導するか、
無意識でやり方だけ教えるのか。
そこでその子の学びの大きさは変わってくるものです。
バンコクの学習塾TJブリッジでは
そこまで考えながら指導しています。
⇒バンコク学習塾TJブリッジ
2018年10月25日木曜日
命令されるまで待っていてはいけないよ
自分で考えることの大切さを伝えました。
命令されるまで待ってはいけないよ
ということですが、
学校教育を受けていると、
学び方が受け身になってしまう子は多いものです。
今まではアメリカに追いつけばよいので、
ある理想とされるモデル像があり、
決められた仕事を素早く処理する力が求められてきました。
しかし、未来の社会はインターネットで
アメリカ、日本、中国と情報が横並びになったので、
ある理想のモデルに向かって処理する能力は旧型のものであり、
新しいもの、サービスを生み出す力が必要になってきます。
プリント学習などで、
処理能力を高めた人材ではなく、
より考える力を鍛えた人材が求められる社会がやってきます。
例えるなら、はさみ1つとっても、
同じ型のものを処理的に生産するなら
処理型能力が必要になりますが、
それなら東南アジアの安い人件費で処理した方が良い
ということになります。
このレベルの話であれば、
もう人件費ではなく、
近い将来人工知能ロボットのみで完結できてしまうでしょう。
わざわざ高い人件費を払う必要は全くありません。
しかし、この持つところがどうもしっくりこないと言って、
画期的な持ち手を創り出せる、
もしくは誰もが好きになる愛着あるデザインを生み出せるなら
高い人件費を払うに値する人材となります。
そのような自分で考えて生み出すという力が必要なので、
子どもたちには既存の知識を教えながらも
そのような力を高めるための教育をしています。
具体的な方法については割愛しますが、
学習塾TJブリッジは、
バンコクの片隅でこのようなことを考えて指導しているのです。
命令されるまで待ってはいけないよ
ということですが、
学校教育を受けていると、
学び方が受け身になってしまう子は多いものです。
今まではアメリカに追いつけばよいので、
ある理想とされるモデル像があり、
決められた仕事を素早く処理する力が求められてきました。
しかし、未来の社会はインターネットで
アメリカ、日本、中国と情報が横並びになったので、
ある理想のモデルに向かって処理する能力は旧型のものであり、
新しいもの、サービスを生み出す力が必要になってきます。
プリント学習などで、
処理能力を高めた人材ではなく、
より考える力を鍛えた人材が求められる社会がやってきます。
例えるなら、はさみ1つとっても、
同じ型のものを処理的に生産するなら
処理型能力が必要になりますが、
それなら東南アジアの安い人件費で処理した方が良い
ということになります。
このレベルの話であれば、
もう人件費ではなく、
近い将来人工知能ロボットのみで完結できてしまうでしょう。
わざわざ高い人件費を払う必要は全くありません。
しかし、この持つところがどうもしっくりこないと言って、
画期的な持ち手を創り出せる、
もしくは誰もが好きになる愛着あるデザインを生み出せるなら
高い人件費を払うに値する人材となります。
そのような自分で考えて生み出すという力が必要なので、
子どもたちには既存の知識を教えながらも
そのような力を高めるための教育をしています。
具体的な方法については割愛しますが、
学習塾TJブリッジは、
バンコクの片隅でこのようなことを考えて指導しているのです。
2018年9月8日土曜日
思考力が高まらない勉強
思考力を鍛える。
当たり前のお題目のようになってしまっている言葉ですが、
私は子供を教えるとき、
かなり重要なこととして考えています。
そのためにテキストの中の問題を
すべてやらすということはせず、
本当に大切だという問題に絞っています。
本当に大切だという問題に絞っています。
問題を絞ることで
思考する時間を手に入れることができます。
もし量を求めてしまうと、
限られた時間の中、
どうしてもスピード重視で取り組む必要が出てきます。
限られた時間の中、
どうしてもスピード重視で取り組む必要が出てきます。
そのような時間に追われ、
短時間の瞬発力で解く問題ばかりを繰り返していると、
思考の瞬発力は鍛えられても、
持久力が鍛えられないんです。
短時間の瞬発力で解く問題ばかりを繰り返していると、
思考の瞬発力は鍛えられても、
持久力が鍛えられないんです。
では瞬発力で解ける問題に時間をかけるのか?
といった簡単なことではなく、
思考力を鍛えるのに適した問題があります。
といった簡単なことではなく、
思考力を鍛えるのに適した問題があります。
それを精選することをTJでは大切にしています。
精選された問題を粘り強く解く。
ミスしてもOK。
ミスしてもOK。
確実に納得できるレベルの解説を聞き、
理解した上で復習をする。
そうして実力を高めていければ、
思考力は確実に高まっていきます。
思考力は確実に高まっていきます。
昔から時々このブログでも注意を促してはいますが、
これからの時代は、大量プリント学習で得られる能力ではなく、
このような思考力を高める学習をして行く必要があるのです。
これからの時代は、大量プリント学習で得られる能力ではなく、
このような思考力を高める学習をして行く必要があるのです。
2018年8月7日火曜日
わからないと即決する態度を改める
わからないと即決する態度は
どうしても直してあげたい態度の1つです。
学校の計算ドリルやプリント学習の一問一答を繰り返していると
どうしてもそのような
すぐに解けない問題を
速攻であきらめる姿勢が身についてきてしまいます。
即決できない複雑な問題は世の中にはたくさんあります。
そのたびに無理だと言っていたら、
単純作業しかできない人になってしまいます。
問題のどこがわからないのか。
どこまでわかっているのか。
わからないところを解決するための手段を考える。
今は塾にいるので手段の一つとして
先生に質問するということが考えられるはずです。
しかし、質問の仕方にも問題が隠れています。
「先生わかりません。」
「どこがわからないの?」
「全部わかりません。」
思考がざっくりしている状態です。
本気で考えていないときに
こうなることが多いです。
これでは教えることができないので、
どこまで自分で考えて、
どこがわからないのか?
を突き詰める作業からスタート。
そうやって思考力は高まっていきます。
だからこそ、
即決でわからないという習慣はやめるべきだ
ということをみんなには考えてもらいました。
すぐにわからなくたっていいじゃないか。
わからないことは悪いことじゃないんだよ
ということです。
わからない=悪
だと心のどこかで思っているから
わからないことに耐えられないのだと思います。
わからないことを楽しめる。
そんな態度が理想ですが、
そこまでいくのは現代教育を受ける限り
なかなか難しいので、
せめて耐えられるところまでは
高めてあげたいなって思います。
3年生のお子様をお持ちの方へ
2018年2月13日火曜日
羽ありという小さな虫にビビる子どもたち
教室に羽ありが入ってくることがあります。
バンコクは日本以上にある一定の条件を満たすと
羽ありが大量発生します。
教室に入ってきた羽ありですが、
私にとっては「あぁ羽ありか」
といったレベルの虫です。
が、子どもたちの中には
ギャーギャー騒ぐ子もいます。
冗談かと思いきや、
本気で嫌がる男の子もいます。
これを見ていて、
面白い光景でしたが、
ちょっとした違和感も覚えました。
たくましさが足りないのでは?
別に男はこうあれ、
女はこうあれ、
という強い観念は無いんですが、
さすがに羽ありくらいで
ギャーギャー騒ぐ男の子は
もっとたくましくなった方が良いかなと思います。
まず、羽ありそのものが
噛んだり、何か害を与えることが無いのに、
触ることもできず、
むしろ、ちょっと机に落ちたからと
身をのけぞって逃げるなんて
度胸が無さすぎる。
勉強も大切だけど、
自然に生きる動物としての人間力が
低下している気がします。
これは外で遊ぶ機会が少ないからでしょう。
都会に住んでいると虫と接する機会はぐっと減ります。
それにしても羽ありレベルは、
さすがに気にもしないレベルの胆力は
養ってほしいと思います。
なので、あえて道具を使わず、
目の前でポイポイ手づかみで処理していきました。
男の子は「すげぇー」なんて言っていました。
私からしたら全くすごくないけど、
これをすげぇと思ってくれるなら
学びがあるわけです。
羽ありは手でつかんでも安心なレベルなんだ
と目の前で示してあげることで
徐々に虫に慣れてくれたらなと思います。
勉強も大切ですが、
虫にビビらない気持ちを育てるのも
TJブリッジではムシできません・・・^^;
2017年9月8日金曜日
助ければ助けるほど、子どもは弱くなる。
子どもたちが取り組んでいる姿で
気になることあります。
数分も経たないうちに
「わからない」という言葉を口から出すことです。
わからないことは仕方がないのですが、
わからないに至る時間が短いのが問題です。
少しでも難しい問題にであうと、
自分で考えることから
逃げようとするのです。
これは、靴ひもがほどけると
すぐに親を呼び、
結んでもらおうとする姿と重なります。
助ければ助けれるほど、
子は弱くなる。
子どもの要望に応え、
すぐに靴ひもを結んでいたら、
子どもは自分で靴ひもを結ぶことが
できないままになります。
勉強も同じで、
すぐに口からでる「わからない」という言葉に、
慌てて対応していたら
子どもはどんどん依存性を強め、
自ら考えることをしなくなります。
わからないという言葉を出すには
あるプロセスを経る必要があります。
まずは全力で試行錯誤してみる。
そのプロセスを経た人だけが
「わからない」という言葉を出せるのです。
思考に粘りのある子供に
育ってほしいと思います。
2017年7月5日水曜日
集団心理は自分の行動を抑制できなくする
休み時間に鬼ごっこのように
走り回っている子が時々いるものです。
子どもだから少しは理解できますが、
何回注意しても繰り返す姿があれば、
伝えなければならないことが出てきます。
それは、集団心理です。
いじめられた人が死んでしまう
という事件がありますが、
これは集団心理が働いているからです。
1対1であれば、
ある程度で暴力がストップしますが、
それが1対3になると
3の方はかわるがわる仲間に助長されて、
どんどんエスカレートして歯止めが効かなくなる。
結果として、死に至るという事件もあります。
この集団になると歯止めが効かない状態が
注意されても走り回る状態と同じだと
考えてもらいました。
もし、教室に1対1でいたとき、
走って注意されたら100%やめていたことでしょう。
それが複数になると
お互いが助長され、
テンションが上がり過ぎて、
抑制がきかなくなる。
塾ではありますが、
この様なことも大切なことだと
私は元学校の教師なので考えています。
羽目を外し過ぎたところがありましたが、
集団心理を身を以て体験できたので
良い機会だったと思います。
走り回っている子が時々いるものです。
子どもだから少しは理解できますが、
何回注意しても繰り返す姿があれば、
伝えなければならないことが出てきます。
それは、集団心理です。
いじめられた人が死んでしまう
という事件がありますが、
これは集団心理が働いているからです。
1対1であれば、
ある程度で暴力がストップしますが、
それが1対3になると
3の方はかわるがわる仲間に助長されて、
どんどんエスカレートして歯止めが効かなくなる。
結果として、死に至るという事件もあります。
この集団になると歯止めが効かない状態が
注意されても走り回る状態と同じだと
考えてもらいました。
もし、教室に1対1でいたとき、
走って注意されたら100%やめていたことでしょう。
それが複数になると
お互いが助長され、
テンションが上がり過ぎて、
抑制がきかなくなる。
塾ではありますが、
この様なことも大切なことだと
私は元学校の教師なので考えています。
羽目を外し過ぎたところがありましたが、
集団心理を身を以て体験できたので
良い機会だったと思います。
バンコクの学習塾TJブリッジでは
学力だけではなく、
生きる力も高めていきたいと思います。
2017年5月30日火曜日
解く前に諦めてしまう子どもたち
子どもたちの中には
まるっきり解かずに諦めてはいる子がいるものです。
理解力がないのではなく、
その諦めの姿勢が
理解の邪魔をしています。
どこまでわかって、
どこからわからないのか?
そんな自分の中の問いがあるからこそ、
授業での聞き方が前向きなものになり、
理解が深まるものです。
勉強は、人生の課題への取り組み方の
土台となるものです。
勉強で習った三角定規の角度は使わないかもしれませんが、
取り組み方は生き方の土台として
一生残るものです。
難しい問題に直面したときに
諦めてしまう子は
人生の課題を目の前にしても
諦めてしまう傾向があります。
だからこそ、わからない問題を
小さく分解して、
自分が解ける大きさまで崩す
という取り組み方が大切なんです。
解けるようになりたい!
という強い思いが土台となり、
そのために自分が理解できていないところは
いったいどこにあったんだと
細かく分析できる思考。
そのようなものを
バンコクの学習塾TJブリッジでは
高めていけたらと思って指導しています!
2017年5月23日火曜日
難しい問題を細かく分解することは、人生の課題解決方法と同じ
6年では、円の応用問題の再確認をしました。
多くの子が最後までできたかできないかは
別として、難しい問題にチャレンジしてくれました。
その事実が嬉しいことです。
子どもたちには勉強を通して学んでほしいのが、
難しそうに見える課題も、
細かく分解すると、簡単な問題の組み合わせである
ということです。
これは人生の課題にも言えることで、
大きな課題のまま立ち向かうと
心が折れそうになるときも、
自分が取り組めるくらい細かく分解すると
徐々に問題は解決に向かっていきます。
そのことを勉強を通して学んでほしいのです。
円の応用問題は
そのプロセスを学ぶためには
うってつけの課題なのです。
でも、解く前から諦めた姿勢であったり、
そもそも取り組まないのであったら、
なかなかそのことも学ぶことができません。
まずは取り組むということを
最低限してもらえるように
声をかけ、励まし続けていきたいと考えています。
勉強を通して生きる力を高める
バンコクの学習塾TJブリッジは
そのことを念頭に指導していきたいと考えています。
2017年4月9日日曜日
生きる力を奪わない指導
人生で成功を収めることができる人は、
主体性がある人です。
主体性がある人です。
自分の目の前に置かれている問題に気づき、
解決する方法を考えて実行に移せる人です。
しかし、ここで気をつけなければならないことは、
多くの教育機関では、
多くの教育機関では、
この力を高めることができないという現実です。
特に手とり足取り指導します
とうたうところほど、
とうたうところほど、
自分たちがやっていることが
子どもたちの生きる力をうばっていることに気がついていない。
講師をする人たちは、
自分たちが手とり足取り指導されて
生きてきている人が多いものです。
だから、自分が受けた教育をもとにして、
子どもたちを指導します。
では、自分で問題を解決する能力が育たなくても、
私も大人になって働くことができているんだから、
いいのではないか?という声もありそうです。
でも、それは違っていて、
講師という仕事は、
講師という仕事は、
今まで自分が学んできた学問そのものを使って仕事をする
少し特殊性のある仕事だから成り立っているんです。
子どもたちの多くは企業に努め、
日々、新しい問題に直面し、
日々、新しい問題に直面し、
学問的な知識を使わず、
解決していかなければならないのです。
だからこそ、手とり足取り指導されていては、
問題を解決する力が高まらないのです。
むしろ依存的な性格にしてしまいます。
むしろ依存的な性格にしてしまいます。
なので、ちょっとでも悩んでいる子がいると、
すぐに手助けしてしまう家庭教師は問題があります。
学問そのものだけを高めようとしていることは、
家庭から求められているなら正しい行為です。
しかし、子どもの将来を考えたときに
マイナスになります。
また、コンピュータ診断で
あなたの苦手はこれですよ。
あなたの苦手はこれですよ。
これをやってください。
なんて指導するところも、
これでは、将来の指示待ち族を育てることにもつながります。
極端な話ではありますが、
わかりやすくするために
話にエッジを立てています。
わかりやすくするために
話にエッジを立てています。
TJではこのような
傷口にバンドエイド的な指導は
傷口にバンドエイド的な指導は
しないように心がけています。
あくまで
傷ができる原因を
子どもとともに考えるというスタンスを
忘れないで指導をしていきます。
傷ができる原因を
子どもとともに考えるというスタンスを
忘れないで指導をしていきます。
バンコクで1番
生きる力を高める学習塾を
目指して指導していきます。
生きる力を高める学習塾を
目指して指導していきます。
2017年4月7日金曜日
自ら考える力をバンコクの学習塾TJブリッジでは高めます。
自分で考えるということが
最も大切であるということを
バンコクの学習塾TJブリッジでは
特に強調して教えています。
例えばサッカー1つとっても
同じ時間練習している二人がいるなら、
より上達するかどうかは、
自分で考えているかどうかです。
上手になりたい。
でも、今の自分のプレーに不満がある。
そこで思考停止して
ただ頑張る!と練習時間を増やしていては
大きな変化は得られないものです。
ここで使うのが自ら考える力です。
勉強で日頃使っていれば
このようなときも応用可能です。
うまくなりたい。
今の自分に不満だ。
では一流のサッカープレーヤーから
学べるものがあるかもしれない。
一流のプレーヤーは
サッカーノートをつけているようだ。
だったら真似して効果があるか
試してみよう。
たったこれだけの思考でも
未来は大きくかわるものです。
何も考えないことは
偶然の成長に頼るだけになってしまい
成長度合としては
非常に不安定なものです。
常に自分がどうなりたいのかを考え
そのためには何が必要なのかを考える。
たったこれだけの習慣で
人は大きく変わります。
そして、この習慣はもって生まれたものではなく、
毎回の勉強を通して習得可能なんです。
バンコクの学習塾TJブリッジでは、
勉強を通して、
最も大切であるということを
バンコクの学習塾TJブリッジでは
特に強調して教えています。
例えばサッカー1つとっても
同じ時間練習している二人がいるなら、
より上達するかどうかは、
自分で考えているかどうかです。
上手になりたい。
でも、今の自分のプレーに不満がある。
そこで思考停止して
ただ頑張る!と練習時間を増やしていては
大きな変化は得られないものです。
ここで使うのが自ら考える力です。
勉強で日頃使っていれば
このようなときも応用可能です。
うまくなりたい。
今の自分に不満だ。
では一流のサッカープレーヤーから
学べるものがあるかもしれない。
一流のプレーヤーは
サッカーノートをつけているようだ。
だったら真似して効果があるか
試してみよう。
たったこれだけの思考でも
未来は大きくかわるものです。
何も考えないことは
偶然の成長に頼るだけになってしまい
成長度合としては
非常に不安定なものです。
常に自分がどうなりたいのかを考え
そのためには何が必要なのかを考える。
たったこれだけの習慣で
人は大きく変わります。
そして、この習慣はもって生まれたものではなく、
毎回の勉強を通して習得可能なんです。
バンコクの学習塾TJブリッジでは、
勉強を通して、
未来を変える力を手に入れてもらう
ということを意識して指導しています。2017年3月1日水曜日
子どもたちに訪れる未来のために「考える力」が最重要
勉強の意義について
話をしました。
これは何回話しても
話過ぎることがないほど
根本を支える大切なことです。
スマートウォッチが発売されて
かなりの年月が経ちましたが、
秋には体温で充電できるものが
発売されるそうです。
そうなると
電池交換の仕事は減ります。
また、修理となったとき
スマートウォッチ対応できない
修理工は仕事を失うことになるでしょう。
技術は目まぐるしい速度で変化します。
大手の車会社も
自動運転が主流になれば
アップル、テスラ、グーグルなどが
ライバル会社として出てくる可能性もあります。
また、グーグルグラスがあれば
英語の本も日本語が浮かび上がって読める
という未来はそう遠くないはずです。
翻訳という仕事は減るでしょう。
さらに、耳から直接翻訳した音声が流れる
という可能性も10年後ならありえるので
通訳という仕事も減ってきます。
とにかく、子どもたちの未来は
大きく変わるので
従来以上に考える力が大切になります。
ただ言われたことをやるだけでは
厳しい現実が待っているのは
私の主観ではなくて事実だと思います。
フリーターは時給1000円で
家族ができたからと2000円にはしてくれません。
マックフライポテトは時給が2倍になっても
2倍美味しい商品がつくれるわけではないからです。
結局、単純労働は安い労働力へ流れるので
少子化が叫ばれているので
外国人労働者が安い労働を担うことになるので
より子どもたちは想像力を発揮する仕事に
つく必要があります。
勉強するということは
考えること。
これを繰り返し伝えているには
このような未来を想像しているからです。
ただ公式を覚えて問題を解くだけでは
訪れる未来の流れとは別の道を
歩もうとしていることになってしまいます。
どれだけ自分の頭で考えたか。
すぐにヒントを手に入れようとするのではなく
ギリギリまで自ら考えてみる。
宿題も同じです。
間違えた問題をそのままにするということは
考えることを放棄していることです。
わからないところは見ないで、
ぱっと考えてわかるところだけ
解くという状態では頭の訓練にはなりません。
悲観的になる必要はなく
きたるべき未来に対応すればいいんです。
だからこそ、わからなくてもいいから
考え続けることから逃げないで
立ち向かってほしいと思います。
勉強の意義は
未来に対応できる自分を創り上げていくことにあります。
2016年12月18日日曜日
未来の社会で生きぬくために必要な力
子どもたちが大人になる10年後には
今ある職業が減少していく傾向にある
ことを伝えることがあります。
特に単純作業のように、その人でなくてもよい
取り換えの効く仕事が減っていきます。
減る原因の1つとしてはロボット技術の進歩です。
ロボットができるような単純作業は
あえてミスを発生させ、
さらに賃金が発生する人間がやる必要がなくなるわけです。
そのような未来がせまってくるからこそ、
既存の〇〇式のようなパターンをひたすら反復させ、
暗記をさせる学習法では厳しくなります。
きめられたことをこなすだけのプリント学習法は
工業化社会の中では役に立ちますが、
単純作業が減少する未来では
価値が低下していきます。
求められるのはパターン反復、再現性ではなく、
創造的、個性的な力なのです。
例えば、
本を読むということについてです。
同じ本を読んでも
内容を理解して終わりという人がいます。
この様な人は個性を高めることが難しいです。
理解するだけではなく、
自分の意見をもつ。
さらに自分の意見と著者のとを比較しながら
より良いものに高めていくという思考が
大切になります。
たくさん本を読むことで知識が増えても、
その知識をもっている人が複数いれば
知識の価値は下がっていきます。
でも、そこで考え、深めた個人的な見解であれば
そこにはオリジナルな普遍の価値が生まれます。
そのようなオリジナルの価値を
たくさん増やしていける人が
将来、単純作業ではない仕事で
活躍できる人となります。
さらに情報はどんどん手に入りやすく、
誰の耳にも受け身で入ってきます。
ぼけーっと受け身でも受け取れてしまう
情報そのものの価値は低下する一方です。
だからこそ、
情報そのものを多く保持するのではなく、
情報を素材として自分なりの考えを深めることが
大切になってきます。
ある一節では
2045年に人工知能の物理的な性能が
人間の脳を越えると言われています。
その時、
人間の脳を越えるということは
どんなことが起こるかを
人間が予測できないレベルとなります。
人間が予測できないからこそ
人類の脅威になりえるとホーキング博士などが
警笛を鳴らしています。
人間を越える存在が現れるのは怖いものですが、
そのような瞬間に立ち会える可能性があることは
ある意味幸せなことかもしれません。
しかし、ロボット技術の発展だけでなく、
この人工知能の進化によっても
人間の単純な仕事は確実に奪われる傾向にあります。
パターン演習を大量にこなすように
スピード重視の学習ではなく、
じっくり1問とトコトン向き合うような
問題の取り組み方、頭の使い方が大切になってきます。
そんなことを心に留めながら
学習を進めていってほしいと思います。
今ある職業が減少していく傾向にある
ことを伝えることがあります。
特に単純作業のように、その人でなくてもよい
取り換えの効く仕事が減っていきます。
減る原因の1つとしてはロボット技術の進歩です。
ロボットができるような単純作業は
あえてミスを発生させ、
さらに賃金が発生する人間がやる必要がなくなるわけです。
そのような未来がせまってくるからこそ、
既存の〇〇式のようなパターンをひたすら反復させ、
暗記をさせる学習法では厳しくなります。
きめられたことをこなすだけのプリント学習法は
工業化社会の中では役に立ちますが、
単純作業が減少する未来では
価値が低下していきます。
求められるのはパターン反復、再現性ではなく、
創造的、個性的な力なのです。
例えば、
本を読むということについてです。
同じ本を読んでも
内容を理解して終わりという人がいます。
この様な人は個性を高めることが難しいです。
理解するだけではなく、
自分の意見をもつ。
さらに自分の意見と著者のとを比較しながら
より良いものに高めていくという思考が
大切になります。
たくさん本を読むことで知識が増えても、
その知識をもっている人が複数いれば
知識の価値は下がっていきます。
でも、そこで考え、深めた個人的な見解であれば
そこにはオリジナルな普遍の価値が生まれます。
そのようなオリジナルの価値を
たくさん増やしていける人が
将来、単純作業ではない仕事で
活躍できる人となります。
さらに情報はどんどん手に入りやすく、
誰の耳にも受け身で入ってきます。
ぼけーっと受け身でも受け取れてしまう
情報そのものの価値は低下する一方です。
だからこそ、
情報そのものを多く保持するのではなく、
情報を素材として自分なりの考えを深めることが
大切になってきます。
ある一節では
2045年に人工知能の物理的な性能が
人間の脳を越えると言われています。
その時、
人間の脳を越えるということは
どんなことが起こるかを
人間が予測できないレベルとなります。
人間が予測できないからこそ
人類の脅威になりえるとホーキング博士などが
警笛を鳴らしています。
人間を越える存在が現れるのは怖いものですが、
そのような瞬間に立ち会える可能性があることは
ある意味幸せなことかもしれません。
しかし、ロボット技術の発展だけでなく、
この人工知能の進化によっても
人間の単純な仕事は確実に奪われる傾向にあります。
パターン演習を大量にこなすように
スピード重視の学習ではなく、
じっくり1問とトコトン向き合うような
問題の取り組み方、頭の使い方が大切になってきます。
そんなことを心に留めながら
学習を進めていってほしいと思います。
2016年11月2日水曜日
社会で生きるためには問題解決能力を高める!
社会人になって必要な力の1つは
勉強ができるということだけではなく、
問題を粘り強く解決できる能力です。
一流大学の経歴をもっていても
言われたことしかできない人は
ある程度の位置で収まります。
むしろ、真面目一辺倒で煙たがられることも
多々あるものです。
社会から必要とされる人は
未知なる問題を解決する能力を
もっている人。
必要とされるからこそ
社会的な立場も上がっていくものです。
今、子どもたちの問題解決能力が低下しています。
それは公園一つとってみても
禁止事項が多過ぎて、
創意工夫の余地が狭すぎるからです。
集団でいるからこそ
どんな遊びならみんなが満足するか
という問いを解決する過程を通して
問題解決能力は成長していきます。
私たちが子どもの頃は
空き地があれば
創意工夫をして遊んだものでした。
外で遊べなくなるに従い
携帯ゲーム機器が発達してきました。
当然、子どもたちは
外でもそれをもって集まって遊ぶようになります。
ゲームというものは
楽しいものですが、
大人が遊び方を限定しています。
子どもたちの
創意工夫の余地はなく、
大人の組み込んだプログラム通りに
進んで行くことが中心になってしまいます。
ほとんど思考停止状態です。
また、通信機器の発達により、
ゲームであってもYOUTUBEで攻略動画をすぐ見るなど
じっくりわからないものに取り組む機会は減り続けています。
子どもたちに勉強を教えていて気になるのが、
「問い2がわかりません。」などという言葉が
国語の授業がはじまり
問題を解き始めて3分以内に聞こえることです。
課題文を読み、問題を考える。
3分で果たしてどこまで
筋道を立てて考えることができているのだろう?
と疑問を覚えるのです。
瞬間的な判断で
わからないと諦めてしまっている。
また、40字で答えよという問題があったとき、
「40字で答えよって書いてありますが、
40字を見つければいいんですか?」
とか、
文章中の言葉を使って書きなさい
という問題があるとき、
「文章中の言葉を使って書きなさいということは、
文章中から抜き出さないで少し変えてもいいんですか?」
など、
ちょっと考えればわかること、
また以前何回も大丈夫だと伝えたことを
確認してくる子が多くいるのです。
この原因も
問題解決能力の低下にあるのではないか
と感じています。
日頃からゲームをしていても
すぐに攻略法を学んで
次に進もうとします。
この流れが沁みこんでしまい、
答えがわからない問題は
すぐに聞けということになってしまうのです。
自分で問題を解決しようなんて気は
生まれてこないのです。
日頃から「耐える」経験が少ない環境にいる子どもたち。
だからこそ、わからない状態に耐えられず、
極度に嫌がるようになってしまう。
簡単なことでもいちいち確認をとらなければ
前に進めなくなってしまう。
ただ計算ができるだけでは
これからの社会では通用しなくなってきます。
勉強を通して、
わからないことに対する耐性を
つよめていくことが大切。
そのわからないに耐えて、
目の前にある問題を解決しようと頭から煙が出るほど
考えるからこそ
問題解決の能力が高まるんです。
わからないと瞬時に判断して
諦めていたら
いつまで経っても伸びない。
そのことを子どもたちに良く覚えておいて
もらいたいものです。
勉強ができるということだけではなく、
問題を粘り強く解決できる能力です。
一流大学の経歴をもっていても
言われたことしかできない人は
ある程度の位置で収まります。
むしろ、真面目一辺倒で煙たがられることも
多々あるものです。
社会から必要とされる人は
未知なる問題を解決する能力を
もっている人。
必要とされるからこそ
社会的な立場も上がっていくものです。
今、子どもたちの問題解決能力が低下しています。
それは公園一つとってみても
禁止事項が多過ぎて、
創意工夫の余地が狭すぎるからです。
集団でいるからこそ
どんな遊びならみんなが満足するか
という問いを解決する過程を通して
問題解決能力は成長していきます。
私たちが子どもの頃は
空き地があれば
創意工夫をして遊んだものでした。
外で遊べなくなるに従い
携帯ゲーム機器が発達してきました。
当然、子どもたちは
外でもそれをもって集まって遊ぶようになります。
ゲームというものは
楽しいものですが、
大人が遊び方を限定しています。
子どもたちの
創意工夫の余地はなく、
大人の組み込んだプログラム通りに
進んで行くことが中心になってしまいます。
ほとんど思考停止状態です。
また、通信機器の発達により、
ゲームであってもYOUTUBEで攻略動画をすぐ見るなど
じっくりわからないものに取り組む機会は減り続けています。
子どもたちに勉強を教えていて気になるのが、
「問い2がわかりません。」などという言葉が
国語の授業がはじまり
問題を解き始めて3分以内に聞こえることです。
課題文を読み、問題を考える。
3分で果たしてどこまで
筋道を立てて考えることができているのだろう?
と疑問を覚えるのです。
瞬間的な判断で
わからないと諦めてしまっている。
また、40字で答えよという問題があったとき、
「40字で答えよって書いてありますが、
40字を見つければいいんですか?」
とか、
文章中の言葉を使って書きなさい
という問題があるとき、
「文章中の言葉を使って書きなさいということは、
文章中から抜き出さないで少し変えてもいいんですか?」
など、
ちょっと考えればわかること、
また以前何回も大丈夫だと伝えたことを
確認してくる子が多くいるのです。
この原因も
問題解決能力の低下にあるのではないか
と感じています。
日頃からゲームをしていても
すぐに攻略法を学んで
次に進もうとします。
この流れが沁みこんでしまい、
答えがわからない問題は
すぐに聞けということになってしまうのです。
自分で問題を解決しようなんて気は
生まれてこないのです。
日頃から「耐える」経験が少ない環境にいる子どもたち。
だからこそ、わからない状態に耐えられず、
極度に嫌がるようになってしまう。
簡単なことでもいちいち確認をとらなければ
前に進めなくなってしまう。
ただ計算ができるだけでは
これからの社会では通用しなくなってきます。
勉強を通して、
わからないことに対する耐性を
つよめていくことが大切。
そのわからないに耐えて、
目の前にある問題を解決しようと頭から煙が出るほど
考えるからこそ
問題解決の能力が高まるんです。
わからないと瞬時に判断して
諦めていたら
いつまで経っても伸びない。
そのことを子どもたちに良く覚えておいて
もらいたいものです。
2015年10月30日金曜日
【成功】半歩分でも前に出る人が成功するということ
半歩分でも前に出る人が成功するということ
教室ではハロウィンということで
子供たちが私を驚かせてくれました。
ちょっとピンぼけしてしまいましたが、
「片手」が降ってきました。
ハロウィンでよくある片手のおもちゃです^^;
ハロウィンということで、
みんなと少しお菓子やジュースを飲んでから
リクエストのあった怖い話を1話。
そのあとには、
みんなが頑張っているときに同じように頑張っているだけでは
自分が成長していても勝つことができないという
「大人の社会での現実」についての話もしました。
どんなに夢に向けて頑張っても
夢を目指す人のすべてが夢をつかめるわけではありません。
必ず他者との競争が待っています。
人が眠い。面倒。だるい。
そんな他人がさぼってしまっているときに頑張れた人が
ぐっと夢に向けて前に出るのです。
みんな頑張るのは当たり前。
その中でも足の半歩分前に出るように最善を尽くす。
勉強をするとき、
指導者がこの力を伸ばす視点を持てているかいないかで
指導の仕方は変わってきます。
子どもたちが諦めそうなときこそ
勇気を与えていける存在でいたいなと思います。
そんな塾をバンコクで探している方はぜひ!
⇒バンコク学習塾TJブリッジ
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