勉強を「こなす」ことなく、自分と向き合うこと!



勉強を通して、
自分と向き合うことについて
指導しました。


向き合うことなく
勉強をしてしまうと、
「こなす」作業になってしまいます。


学校の計算ドリルは
同じ問題が続いていています。

すると、思考せずに
前の問題が割り算だから、
続けて割り算をしているという
思考していない状態になることがあります。


これが「こなす」作業です。


塾でも同じ間違いを何回も繰り返す子は、
理解力が足りないのではなく、
間違いと向き合うことなく、
「こなす」だけになっていることがあります。


宿題に関しても、
雑な字で途中式もぐちゃぐちゃで
ミスをしている場合は、
家で宿題に取り組む際、
「こなす」作業に近い状態だった可能性が高いもの。


それを知ることが本当の学びのスタートです。


こなす作業が身についていると、
ミスしても、その原因も見ることなく、
ただ漠然と赤で説明を写すだけになってしまいがち。
答え合わせも「こなす」のです。


なぜミスしたのか?
どこをミスしたのか?
そのことに向き合うからこそ、
聞く姿勢が整います。


整っているから、
理解しようと聞ける。
だから、できるようになる。


もとをたどると、
自分と向き合うことができているのか?
ということにいきつきます。


プリントでも同じで、
算数の問題で前回と同じようなミスが
続いたとき、
その問題と向き合っていなかった自分が、
☓バツという見える形で出てきます。


しかし、向き合うことから逃げてしまうと、
バツを隠そうとしたり、
見て見ぬふりをして、
塾に持参していた学校の宿題などをやろう
という意識が出てきます。


ミスを確実にできるようになるまで詰める。
これが大切になります。


人間は、できると思えば、そのような人になり、
できないと思えば、やはりそのような人になります。


できないと思いこんでいる子は、
自分ができない場面ばかりに注目し、
また、できないことばかりに注目して、
どんどん自信をなくして、やる気をなくしていきます。


しかし、できている問題もあるはずです。
そのことには目を向けません。


できると思っている子は、
自分ができたことに注目し、
またできない問題を
できるようにするためには
どうしたらよいかに注目することができます。


できなかった過去にとらわれて、
未来まで「できない」と決まったわけではありません。


これからできればいいんです。


だから、まずは自分はできるようになる
と根拠はなくても、
信じること、信じるまで思い続けること。


これは良い意味のマインドコントロールです。


だからこそ、
できるようになるための
行動がしやすくなるのです。


自分はできないという思いを捨てる。
考えないようにする。


そして、
今のミスに向き合い、
逃げることなく、
これからできるようになるための
一歩として、
理解しながら前のめりで聞く。


このことが大切なので、
勉強を通して、
繰り返し繰り返し、
子どもたちに伝えています。


「こんなのもわからないの?」
ではなく、
「あなたはできるようになる」
というプラスの言葉かけが
できるようになる子どもを育てるためには
とても大切だということです。




国語は答えが複数あるから嫌いだという人へ。



国語は答えが複数あるから嫌だ。
塾に来たばかりの子どもから
時々聞こえてくる声でした。


子どもたちがそう言うのは
記述の問題のことです。


私は時間をかけて、
そんなことは無いんだよ
ということをじっくりと指導していきます。


答えが複数あるように感じるのは、
読解ができていないだけで、
しっかり読み取ることができれば、
答えの根っこは同じだということがわかります。


課題文の中の複数ある例え話の中から、
1つの例を拾ってきて文章を作ったり、
拾わず自分がもっているわかりやすい表現に変えたり、
前後を入れ替えた文を作ったりできるので
答えが複数あるように見えているだけです。


答えが配られている科目なんて国語くらいです。
課題文の中以外からは問題を出してはいけないという縛りがあるため、
読み方が高まれば、
全問正解がしやすい教科が国語です。
(ただし、漢字や文法的なものは除く。)


国語の読解の仕方がわかると、
問題を解くことが楽しくなります。


答えを追いつめる詰める!


根拠拾いをしながら、
名探偵のように設問を追い込んでいく作業が
国語の醍醐味です。


TJに通う子には、
4年から6年を通して、
その喜びを味わってもらえるように
指導しています!



勉強した風(ふう)ではなく思考する



国語はこう読めば、
必ず答えをしぼることができる
という読み方を指導しています。


解き方ではなく読み方が大切。


問題を解いているときに
悩んでいる子ほど、
解説は絞ったスポンジが水を吸収するように
入ってくるものです。


ただ、わからないとすぐに心が折れてしまい
考えるのを止めている子の場合は、
解説を聞いても、
聞いている風(ふう)なだけで、
なかなか成長できないものです。


なので、目を見て、
力が抜けているような
どこかうつろな感じがしたときは
随時声をかけています。


「〇〇君、さん、そうだよね?」


と説明の最後に呼びかけるだけで、
目の焦点が戻ってきます。


あまりにもうつろなときは、
意識を高めるためにも
頷いたあとに
「で、何がそうなの?」
と聴き直してみます。



何も答えることができない自分に気づき、
ただ何となく頷いていた
ということも可視化することが大切。


勉強した風ではいけなくて、
しっかり考えることが大切だ
ということを
繰り返し繰り返し伝えていこうと思います。

羽ありという小さな虫にビビる子どもたち



教室に羽ありが入ってくることがあります。
バンコクは日本以上にある一定の条件を満たすと
羽ありが大量発生します。


教室に入ってきた羽ありですが、
私にとっては「あぁ羽ありか」
といったレベルの虫です。


が、子どもたちの中には
ギャーギャー騒ぐ子もいます。


冗談かと思いきや、
本気で嫌がる男の子もいます。


これを見ていて、
面白い光景でしたが、
ちょっとした違和感も覚えました。


たくましさが足りないのでは?


別に男はこうあれ、
女はこうあれ、
という強い観念は無いんですが、
さすがに羽ありくらいで
ギャーギャー騒ぐ男の子は
もっとたくましくなった方が良いかなと思います。


まず、羽ありそのものが
噛んだり、何か害を与えることが無いのに、
触ることもできず、
むしろ、ちょっと机に落ちたからと
身をのけぞって逃げるなんて
度胸が無さすぎる。


勉強も大切だけど、
自然に生きる動物としての人間力が
低下している気がします。


これは外で遊ぶ機会が少ないからでしょう。
都会に住んでいると虫と接する機会はぐっと減ります。


それにしても羽ありレベルは、
さすがに気にもしないレベルの胆力は
養ってほしいと思います。


なので、あえて道具を使わず、
目の前でポイポイ手づかみで処理していきました。


男の子は「すげぇー」なんて言っていました。


私からしたら全くすごくないけど、
これをすげぇと思ってくれるなら
学びがあるわけです。


羽ありは手でつかんでも安心なレベルなんだ
と目の前で示してあげることで
徐々に虫に慣れてくれたらなと思います。


勉強も大切ですが、
虫にビビらない気持ちを育てるのも
TJブリッジではムシできません・・・^^;