ありがたいお言葉。

この学年の末になると
悲しいけども別れの時もあります。

今日は、悲しい知らせでもあり、
嬉しい言葉でもあるラインをいただけました。



とても熱心に勉強をしてくれる子で、
さらに私の雑談というか、
生きるために伝えているメッセージも
しっかり受け止めてくれている子でした。


笑顔が素敵で癒し系的存在な男の子です^^


インターという学校の環境から
学年が増すことで負担が増えてしまい
通えないという事情は本当にわかります。
英語での勉強と日本の学校の勉強の両立は
正直キツイと思います。


ただ、とてもうれしかったことは、
保護者の方、塾生である子が
私のことを信頼してくださっていた
という言葉をいただけたことです。


この言葉がほしくて頑張っているわけではありませんが、
こうやってふとご褒美のようにいただけると
やはり嬉しいものがあります。


教師をやっていてよかったと思える瞬間です。


残りわずかですが、
彼に伝えられることは
全て伝えきろうという気持ちになれました。


頑張ります!



教師と名乗れるのか?教師とは何か?



塾の先生をしていて
常に意識していることは、
単なる「勉強屋さん」であってはいけない
ということです。



テレビの情報、周囲の知人などを見ていると、
一部の学者など専門的な生き方をする人をのぞけば、
勉強だけ出来ても、
むしろ社会で適合することが難しかったり、
自分の生き方に疑問を覚えていたりする人が
多くいるようです。


勉強だけ教えることでも価値はあることでしょう。
でも、それに何か自分なりの価値を加えられるからこそ
教育者という言葉を名乗ることができる気がしています。


その価値とは、
自分の人生哲学を含めた生きる力だと考えています。


ただ勉強を教えるだけの人は勉強屋さんで、
そことの違いを明確にしていきたい。


金八先生が言っていました。

我々はみかんや機械を作っているんじゃないんです。
我々は人を作っているんだと。


作るという表現はどうかとしても、
私は人間を育てるということは
本当に尊いことだと思う。


教師ということばには「師」という字があり、
その師に成りえるかを教師と言われている人は
よくよく考える必要がある。


単に教科の勉強を教えるだけで
崇拝されるような、
成り立ってしまうような教師であってはならない。
また、そんな教師が
両手放しで師と言われるような社会であってはならない。
そういう気がしています。


人間を育てることの重責を担っている。
そのことを忘れないで教師をしていきたいと思います。
また教師を名乗っていきたいと思います。


考えるな!行動せよ!



子どもたちに1日1善という言葉を教えました。


しかし、1日1つの善行をしようという意味ではなく、

私が机の前に貼っているオリジナルの言葉です。



1日1つの改善をしようという意味です。


どんな些細なことでも良いので、

何か1つ改善をするように心がけています。


子どもたちにあてはめるなら、

1TJ1改善ということです。



子供たちの目標には「〇〇を頑張る」

という言葉が目につきます。



頑張るという思いはとても素敵なことですが

「思い」より大切になるのが「行動」です。



自分の頑張るという思いをどう行動にできるか。

些細なことでも構いません。



例えば、50マスのタイムを縮めるために頑張る

と書いたなら、お風呂に入るときに、

自分の苦手な足し算5つをやるだけでも改善です。



漢字が苦手だと思うなら、

いつもは直前にやっていた漢字ドリルを

前日に2問だけ練習してみるということでも

改善です。



何もやらないより、

どんな小さな改善でもやった方がましです。


いろいろ考えることで

行動しない理由をつくっているより、

まずは行動してみる。



そんなことを考えてもらいました。


ただ頑張るだけではダメ。正しい方法で頑張る。



金曜からTJ4年の授業がスタート。


冬休みを間に挟み、期間が空きましたので、
緊張感もあるかと思いましたが、
子どもたちはいつも通り本当に元気で安心しました。


子どもたちに伝えたことは、
まず3学期のスタートということで、
もう目の前に5年生が迫ってきている
という意識をもつということです。


子どもたちの中には、
5年になるのが不安だという子もいました。


不安の原因は勉強で、
より難しくなる内容についていけるか?
というものでした。


私は様々な子を見ていますが、
今の子どもたちはついていくことができます。
それは確実なのですが、ただ条件があります。


その条件とは正しく頑張るということです。


例えば、私が野球選手になりたくて、
頑張っていたとします。
でも、バットの持ち方を逆にもったまま素振りを頑張っても
決して上達はしません。


正しいものを学び、
それを習熟するように練習するから上達します。


勉強も同じです。


もし、1、2学期を通して納得いかない結果なら、
エジソンが失敗から学んだように、
4年の1,2学期から学ぶ必要があります。


自分の学び方は正しくなかったのでは?
と疑う必要があります。


けっして「頭が悪いんだ!」
という安易な判断をして逃げるのではなく、
学び方に注目するのです。


漢字の勉強の仕方、宿題の仕方、授業の受け方、
全てに失敗のモデルがあるわけです。


そのモデルを繰り返さなければ、
1、2学期より勉強の結果は
向上していくはずです。


正しく頑張る。
このことを意識してほしいと思います。