本気かどうかは目にあらわれる。

一度ラストの方まで深夜に書いていたのですが、
ふと、うとうとしていた瞬間に、指がバックスペースにかかってしまい、
数秒のうとうとから気が付いた時には全部消えていました・・


しばらく茫然としていましたが、
再びこうして打っています。
どうでもいいことですが(;^_^A

本気かどうかは目にあらわれる


さて、子供たちには、成長する子には特徴がある
という話をしました。
その特徴は顔の一部にあらわれます。

「目」です。

目に力がある。
目が輝いている。
目が燃えている。

そんな表現のされかたをされることがありますが、
まさに目に魂がこもっているような子は
間違いなく成長しています。

いっぽう、目に魂がこもっていない子は
伸び悩むことが多いものです。

目がうつろ。
目がとろーんとしている。

このような表現をされる目です。


子どもたちにはある女の子の例を出しました。


毎回、漢字の自主勉ノートを私のところにもってきて、
間違った漢字が無いかチェックしてほしいと伝えてくれます。
私は彼女に指示していません。
彼女が自主でもってきています。


漢字勉強に魂がこもっている証拠に、
漢字をやっているときの彼女の目には魂がこもっています。


漢字ができるようになりたい。
という強い思いがあるということが根っこにあります。


もちろん、自主勉ノートを私に提出しない子でも、
話を聞いていたら伝わってきます。
家でやってきたという子の結果は良いものです。


ただ、テストへの動機が負のものである場合は、
合格していても目に力がこもっていないということもあります。
※罰を避けたい、叱られたくないなど。


プリントの裏に「復習します」
と自分を振り返っている子にも問いかけました。

本当にやったのかな?というシンプルな問いです。


文字に魂がこもっていない
何となく正解であろう言葉を書いただけなのでは?
ということを自分で気づく必要があります。


同じような問題を何回も間違えているとき、
過去にメモしていた自分は本気でメモしていたのか?
ということに気づく必要があります。


心がここにあらずで、メモしなければ
という義務感のようなものでメモをしていなかったか?
メモをする目的そのものを忘れていなかったか?


そのような心構えの問題が、勉強でも人生でも
テクニックなどより大切になってきます。


勉強を通して、生き方の質を高めてほしいと思っています。

手段と目的の違いを理解すれば質が高まる



「手段と目的」についての話をしました。


今やっていることは「手段」なのか「目的」なのか?
このことを意識することで物事の質は変わります。


国語の問題を解くことが目的になってしまえば、
解き終わった時点で目的は達成されています。


答え合わせは気を抜いてしまうことがあるのは
おおむねこのためです。


しかし、国語の勉強が自分の読解力を高めるための手段だ
と理解できた子にとっては、
答え合わせこそ学びの場だということがわかります。


答え合わせの目つき、姿勢が変わってくるのです。


宿題をやることが目的になれば、
宿題をやっているときの意識は低いままです。
終わらせればいいやといった感じでしょう。


しかし、宿題を自分の弱点を発見して補うための手段だ
と捉えることができれば、
宿題のやり方、答え合わせの仕方が変わってくるものです。
それは漢字ドリルのテスト勉強にしても同じです。


そうやって自分の行動を
これは手段なのかな?目的なのかな?
と考えていくことで質は変わっていくものです。


自分の意識を高めるための1つの考え方として
身につけてもらいたく話をしました。


完全に理解できなくても、
少しずつ理解を深めていってもらえるように
伝えていきたいと思います。

間違いの中にこそ学びがある。

間違いの中に学びがある


伸びる子の特徴として
「間違えることに対して素直である」
ということは何度も伝えていることです。


何度も伝えるにはわけがあり、
日本の教育を受けている限り、
間違えることが悪いことだと
心と体にしみこんでしまっていることがあるからです。


人は間違えることから学ぶとき、
正しいことから学ぶより多くのことを学ぶことができます。


歩いているときは学びが無くても、
タンスに小指をぶつけたときの方が、
この場所にタンスってダメでしょ!とか、
自分の不注意さに学びがあるのと同じです。
って変な例えですがパッと思いつかず(^-^;


勉強も間違えるからこそ
自分の弱点が見えてきて、
そこから学ぶことができるようになります。


間違いを隠す心からは
得ることはありません。


堂々と間違える。


宿題を忘れても指導はしますが、
厳しく叱ることはありません。


なぜなら厳しく叱られた子は
「叱られるからやる」
という思いで宿題をやります。


そのため、答えを写してしまう、
友達の答えを見せてもらうという
不正な方向に流れることが多くなります。


宿題は自分のためにやっているんだという
どストレートの当たり前なことを本人の中にしみこませたとき、
はじめて宿題に意味が現れ、
取り組み方が変わるものです。


それには時間がかかりますが、
時間をかけるに値する見返りもあります。


くどい話ですが、
間違えることは悪くもないし、
間違えるからこそ学びがあるんだよと
伝え続けて行きたいと思っています。


頭が良くなる子と親がしていること



私の基本スタンスとしては、
「塾に来ただけで褒めるに値する」
ということです。


それにプラスアルファとして、
勉強の仕方、結果などが加味されていく
といった感じですかね。


なので、まずは来ただけでも
子供たちは素晴らしいと本心で思います。


もちろん、結果が良い悪いもあるでしょうが、
まずは塾に行ったことだけをねぎらってほしいです。


さて、子供たちに伝えたことは、
勉強ができる子、できない子の特徴が
アメリカの大学の研究で明らかになっているんだよ
ということです。


勉強ができるようになる子に共通していることは、
再現することです。


例えば、勉プリの算数の問題が間違っていたとします。

メモすることは普通のことですが、
できるようになる子は、
メモを全く見ずに再現するのです。


人に説明してもよいです。


これと似ていることが
学力が高い子の親が心がけていることは
質問してあげることです。


例えば、本を読み終わった子に、
何が書いてあったの?
と質問するだけで、
多少再現するきっかけになります。

親から聞かれてたとき、
本を閉じたままでも、
内容を思い出して話すはずです。


これが再現することになっていて、
頭を活性化してくれますし、
記憶を定着させてくれます。


日頃からこのように親子の会話が多いと、
子供の脳は発達するといわれています。


話がずれましたが、
子供も漢字が得意な子は、
再現することに時間を使います。


苦手な子は、見ながら書くという
コピー的な作業をします。

再現する。

ここに伸びるヒントがあるので、
ぜひ復習をしてほしいと思います。