勉強を教えることには自信はあるのですが、
これだけは何年経っても難しい。
それは、やる気を完全になくて
いる子をいかに高めるかということです。
塾にはやる気がある子が来るというわけではなく、
やる気が折れてしまっている子も入塾してくることがあります。
それでも親から言われて来ているのですが、
塾に来てくれているなら、
煙となってしまっているやる気に
もう一回やる気の種火を起こすことができるチャンスがあります。
そのチャンスを消すことなく、
繊細に言葉を選び、問題を選び、
表情、視線を選び、少しずつ少しずつやる気を高めていけるよう
働きかけるのが教師の仕事です。
本当にミリ単位で様子をうかがうように。
そんな状況でも学校の学習進度もあるので、
塾の勉強内容も進んでいきます。
塾の勉強内容も進んでいきます。
習っていない問題は基本的にわからない問題です。
でも、そのわからない問題をわかるようにするためには
でも、そのわからない問題をわかるようにするためには
どうしても考えるという作業が必要になってきます。
ここに難しいジレンマがあって、
やる気が無い子というのは
わからないことへの耐性が低いのです。
考える作業を放棄して
すぐにわからないと諦める様子を見せることが多々あります。
諦めない子でも、
教師や親をすぐに頼ってしまう子もいます。
諦めない子でも、
教師や親をすぐに頼ってしまう子もいます。
両方とも「諦める」という姿勢では共通しています。
この姿勢をもっている限り、
いつまで経っても解けるようにはならない。
やる気が無いから何でもかんでもすぐに教えてあげれば、
子供はどんどん依存心を高めてしまうこともあります。
寄り添うことと突き放すこと。
このさじ加減は教師の永遠のテーマであり
常に迷い、伺い、慎重に見極めていかなければならいことです。
相手は1人1人個性の違う人間です。
このさじ加減は毎回の子供の気分によっても変わりますし、
子供によっても変わってきます。
やる気が無い子に対しての指導は
教師歴15年が近づいてきていますが、
未だに深い深いテーマです。
相手は1人1人個性の違う人間です。
このさじ加減は毎回の子供の気分によっても変わりますし、
子供によっても変わってきます。
やる気が無い子に対しての指導は
教師歴15年が近づいてきていますが、
未だに深い深いテーマです。